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福岡高等裁判所 昭和62年(う)275号 判決 1987年8月18日

主文

原判決中、被告人A、同B、同Cに関する部分をいずれも破棄する。

被告人A、同B、同Cをそれぞれ懲役六月に処する。

この裁判の確定した日から、被告人A、同B、同Cに対し、いずれも三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、原審相被告人上対馬町D有限会社と連帯して、被告人A、同B、同Cにこれを連帯負担させる。

被告人上対馬町D有限会社の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人吉田保徳提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官林信次郎提出の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

右控訴趣意第二及び第一の四(事実誤認)について。

しかし、原判決挙示の証拠によれば、所論の魚種の判別の点を含めて原判示事実はこれを優に認めることができ、原判決が所論と同旨の主張に対し「弁護人の主張に対する判断」の一項及び三項で説示するところは適切であつて、当裁判所もこれを正当として肯認することができる。なお、付言するに、被告人Cの海上保安官に対する昭和六〇年六月二五日付け供述調書には、「別紙犯罪事実一覧表の番号1ないし9の各漁獲物について、予め魚群探知機を使用して魚種がイサキあるいはヤズなどであることを判別したうえで投網した。」旨の供述記載があり、被告人Bの海上保安官に対する同月二五日付け供述調書には、「私自身は魚群の反応を見てもその魚種はよく分りませんが投網に当つては、その都度、かならずC漁労長が魚種が何であるかを無線で連絡してきましたので、投網ごとに何を狙つているのか分かつていました。魚種によつて投網の仕方をかえることがありましたので連絡する必要があつたのです。」との供述記載があり、また、被告人Aの検察官に対する同年七月四日付け供述調書にも「私たちの船団が魚群を探索してまわつていて魚群を発見すると、漁労長なり火船の船長なりから無線連絡が入つて来ます。火船と○△丸との間での交信を傍受することもあります。この段階で漁労長が魚群について、たとえば『あじではないか。やずではないか。』などと意見が出ます。しかし、はつきりしたところは網を入れて揚げる段階にならないと分かりません。私たちは一応の予想のもとに網を入れるのですが、網を揚げる段階になつてしばしば予想がはずれていました。私の感じでは三分の一くらいははずれていたのではないかと思います。」との供述記載があること、被告人Aの検察官(昭和六〇年六月二八日付け)及び海上保安官(同月一八日付け)に対する各供述調書には、別紙犯罪事実一覧表の番号9及び10について、「小綱に住む知り合いの漁師のEから綱島の付近で鯛やイサキの飼付けがしてあり、そこに魚群反応があつたということを聞いたので、B、Cと相談して綱島の漁業権内ではあるが鯛やイサキが捕れるならと考えて操業をすることを決定した。」旨の供述記載があり、被告人Bの検察官(同月二七日付け)及び海上保安官(同月一八日付け)に対する各供述調書にも同旨の供述記載があることに照らすと、被告人らは、本件各犯行時に漁獲の対象が非許可魚種であることを認識しながら、これを主として捕獲することを目的としていたことが認められ、違法性の意識を有していたこともまた明らかである。右認定に反する被告人A、同B、同Cの原審公判廷における各供述記載は、前掲各証拠と対比して到底信用することができない。

また、被告人らにおいて試し釣りを励行することにより投網前に魚種を判別することを不可能とする事情のないことは、原審証人Fの尋問調書中の「私は、試し釣りをすることを好みませんので、○△丸船団にいる二、三年間に試し釣りをしたのは、二回位しか有りません。」旨の供述記載からも明らかである。

以上のとおりであつて、原判決には所論のように事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つた違法はなく、論旨は理由がない。

右控訴趣意第一の一ないし三(法令適用の誤り)について。

一観念的競合の処理が不備であるとの論旨について。

しかしながら、原判決は、罪となるべき事実において、被告人A、同B、同Cの三名が共謀の上、被告人上対馬町D有限会社(以下、被告会社という)の業務に関し、別紙犯罪事実一覧表番号1ないし10記載のとおりの非許可魚種を採捕して、本件中型まき網漁業の許可内容に違反して漁業を営み(以下、本件無許可操業という)、かつ、右許可には「共同漁業権漁場内では、事前に漁業権者の書面による同意を得なければ操業してはならない。」との制限又は条件が付けられていたのに、同番号9及び10の犯行の際、共同漁業権の設定海域で事前に右漁業権者の書面による同意を得ることなく操業し、右制限又は条件に違反した(以下、本件無同意操業という)旨判示し、被告会社に対する法令の適用の項において、本件無許可操業は包括して長崎県漁業調整規則六一条一項一号、一四条、六三条に、本件無同意操業は包括して同規則六一条一項二号、一三条、六三条にそれぞれ該当するとした上で、本件無許可操業と本件無同意操業とが一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるとして、「刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い本件無許可操業の罪の刑で処断する」と判示しているのであつて、右の罪となるべき事実の記載とこれに対する法令の適用を照合するときは、別紙犯罪事実一覧表番号9及び10の各操業を介在することによつて、本件無許可操業と本件無同意操業とがそれぞれ包括一罪であるために観念的競合になることが表示されているのであるから、所論のような観念的競合の処理に関する法令の適用に不備な点はなく、このことについては被告人A、同B、同Cに対する法令の適用についても同様である。

二被告会社に対しては追徴を言渡す根拠規定がないとの論旨及び長崎県漁業調整規則六一条一項一号、二号、六三条は構成要件が不明確であるとの論旨について。

しかし、これらの点についても原判決が所論と同旨の主張に対し、「弁護人の主張に対する判断」の二項及び四項で説示するところは、適切であつて当裁判所もこれを正当として肯認することができる。なお、付言するに、被告会社に対し追徴を言渡すことができることについては、最高裁判所昭和三二年(あ)第二一九九号同三三年五月二四日第一小法廷決定、刑集一二巻八号一六一一頁の趣旨からも明らかなところである。

以上のとおりであつて、原判決には所論のような法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

職権調査について。

ところで、職権をもつて原判決の法令の適用の当否を検討するに、原判決は本件について、被告人A、同B、同Cに対して長崎県漁業調整規則六三条を各適用すべきところ、これを誤つていると認められるので、以下説明する。

原判決は、被告人A、同B、同Cに対する法令の適用の項において、「本件無許可操業の点は、いずれも包括して刑法六〇条、本件規則六一条一項一号、一四条に、本件無同意操業の点は、いずれも包括して刑法六〇条、本件規則六一条一項二号、一三条にそれぞれ該当する」と判示している。しかしながら、長崎県漁業調整規則一三条は「知事は、漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要があるときは、漁業の許可又は起業の認可をするにあたり、当該許可又は起業の認可に制限又は条件を付けることがある。」と規定しているところからも明らかなように、同条の違反主体となりうる者は、漁業の許可又は起業の認可を受けた者で、かつ、その許可あるいは認可に制限又は条件を付されている者である。また、長崎県漁業調整規則一四条は「漁業の許可を受けた者は、漁業の許可の内容に違反して当該漁業を営んではならない。」と規定しているので、同条の違反主体となりうる者は、漁業の許可を受けた者でなければならない。そうすると、本件の場合、共同漁業権漁場内では、事前に漁業権者の書面による同意を得なければ操業してはならないなどの制限又は条件の下に中型まき網漁業の許可を受けているのは、被告会社であるから、長崎県漁業調整規則一三条及び一四条の違反主体となりうるのも被告会社にほかならない。したがつて、被告会社の業務に関して長崎県漁業調整規則一三条及び一四条に違反する本件犯行を行つた被告人A、同B、同Cの三名は、右各条違反に対する罰則である同規則六一条一項一号及び二号によつて処罰されるのではなく、同規則六三条に「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業員がその法人又は人の業務又は財産に関して第六十一条又は前条の違反行為をしたときは、行為者を罰するのほか」という文言の両罰規定があるので、同条と六一条によつて処罰されることとなるのである。ところが、原判決は前記のとおり、被告人A、同B、同Cに対して長崎県漁業調整規則六三条をそれぞれ適用していないので、右被告人三名を処罰する根拠条文の適用を欠いていることになり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわざるをえない。

右控訴趣意第三(被告会社についての量刑不当)について。

そこで、記録及び証拠を調査して検討するに、長崎県漁業調整規則六一条二項但書により追徴することのできる漁獲物の価格は、当該漁獲物の客観的に適正な卸売価格であるところ、本件のイサキ、ヤズなどの許可魚種以外の漁獲による総水揚(卸売価格)は、合計四五七五万余円に上ること、その他記録及び証拠に現われた諸般の情状に鑑みるときは、被告会社において右総水揚の中から上対馬町南部漁業協同組合及び株式会社唐津魚市場等に対し手数料を支払い、本件○△丸船団の乗組員らに対し手当や歩合給を支払つていることなど所論指摘の諸事情を被告会社のために参酌してみても、被告会社から金四五〇〇万円を追徴した原判決の刑の量定は相当であつて、これを不当とする事由を発見することができない。論旨は理由がない。

よつて、被告人A、同B、同Cについては、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決中、右被告人三名に関する部分をいずれも破棄し、被告会社については、同法三九六条により被告会社の本件控訴を棄却することとする。

そこで、被告人A、同B、同Cについてはいずれも刑事訴訟法四〇〇条但書を適用して次のとおり判決する。

原判決の認定した罪となるべき事実中、被告人A、同B、同Cに関する部分に法令を適用すると、右被告人三名の判示各所為中、本件無許可操業の点は、いずれも包括して刑法六〇条、長崎県漁業調整規則六三条、六一条一項一号、一四条に、本件無同意操業の点は、いずれも包括して刑法六〇条、長崎県漁業調整規則六三条、六一条一項二号、一三条にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、いずれも刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い本件無許可操業の罪の刑で処断することとし、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その各所定刑期の範囲内で右被告人三名をそれぞれ懲役六月に処し、情状によりいずれも同法二五条一項を適用して、右被告人三名に対し、この裁判確定の日からいずれも三年間、それぞれその刑の執行を猶予することとし、原審における訴訟費用は、いずれも刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用してこれを原審相被告人である被告会社と連帯して、右被告人三名に連帯負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官生田謙二 裁判官池田憲義 裁判官陶山博生)

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